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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)16号 判決 1998年7月31日

原告 金成壽

被告 総務庁恩給局長

代理人 高野伸 久留島群一 新田智昭 小笠原正喜 西尾昭彦 川口泰司 仁田良行 近藤秀夫 渡部義雄 川上忠良 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成六年七月一四日付けでした傷病恩給請求棄却処分を取り消す。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が、平成六年四月四日付けで公務のために傷痍を受けたことを理由として恩給法(大正一二年法律第四八号。以下同法の条文、別表を引用する際には、単に「法」という。)四六条に基づく増加恩給(以下「増加恩給」という。)を請求したところ、同年七月一四日付けで、被告から、原告は日本国との平和条約(昭和二七年条約第五号。以下「平和条約」という。)の発効に伴い日本国籍を喪失しており、増加恩給を受ける権利は法九条一項三号(以下「国籍条項」という。)の規定により喪失したとして、右請求を棄却する処分(以下「本件処分」という。)を受けたので、その取消しを求める事案である。

二  法令の規定等

1  恩給法の定め

(一) 増加恩給について

公務員及びその遺族は、恩給法の定めるところに従い恩給を受ける権利(恩給権)を有するとされ(法一条)、旧軍人については、昭和二一年法律第三一号附則二条及び同法による改正前の法一九条一項により、公務員に該当するとされる。

恩給には、普通恩給、増加恩給、傷病賜金、一時恩給、扶助料及び一時扶助料があり(法二条一項)、普通恩給、増加恩給及び扶助料は年金とされ、傷病賜金、一時恩給及び一時扶助料は一時金とされる(法二条二項)。

公務員が公務のため傷痍を受け又は疾病に罹患して法別表第一号表の二に定める重度障害の状態となり(以下、公務のために受けた傷痍及び公務のために罹患した疾病を総称して「公務傷病」という。)、かつ失格原因なくして退職したときは、その退職した月の翌月から、普通恩給に加えて、重度障害の程度に応じた金額の増加恩給を支給される(法四六条一項、四九条の二、法別表第一号表の二、法六五条、法別表第二号表、法三条)。そして、退職の時から五年以内に公務傷病により重度障害の状態となり又はその程度が増進した場合で、当該期間内に請求した場合には、当該重度障害の状態となり又はその程度が増進したときの翌月から新たに増加恩給を支給するものとされ(法四六条二項、三条)、右期間を経過した場合でも、裁定庁において恩給審査会令(昭和二四年政令第一二二号)によって定められた恩給審査会の議決に付するのを相当と認め、かつ恩給審査会において重度障害が公務に起因したものであることが顕著であると議決した場合には、議決した月の翌月から相当の恩給を給することができるとされている(法四六条三項)。さらに、昭和二八年法律第一五五号附則二二条の二(以下「改正附則二二条の二」という。)は、旧軍人に対し増加恩給を給し、又は改定する場合には、当該恩給の給付の始期を恩給審査会の議決により、その議決をする月以前の月とすることができると規定する。

なお、普通恩給については、昭和八年法律第五〇号による恩給法改正によって、恩給権者の年齢又は所得金額により恩給金額の一部の支給を停止される旨の規定が創設され、さらに、昭和二六年法律第八七号による恩給法改正により、恩給権者の年齢により恩給金額の全部又は一部を停止することが規定された(法五八条の三第一項、五八条の四第一項参照)が、増加恩給については、右各規定に相当する規定は存在しない。また、増加恩給が併給される場合の普通恩給については、恩給権者の年齢による恩給の停止の規定は適用されないこととされている(法五八条の三第二項)。

(二) 国庫への納付金について

公務員による恩給のための国庫への納付金(以下「恩給納金」という。)については、当初、文官及び教育職員等(一部地域に勤務する者を除く。)は、その給与の一〇〇分の一の額と定められていたが、旧軍人、一部の小学校等の職員及び警察監獄職員には恩給納金の制度がなく(昭和八年法律第五〇号による改正前の法五九条参照)、その後、文官、教育職員、警察監獄職員、旧軍人等のうち、旧軍人以外の者については、それまで恩給納金が定められていた者については俸給の一〇〇分の二の額、それまで恩給納金の制度がなかった者については一〇〇分の一の額の恩給納金が定められたが、旧軍人にあっては、階級が下士官以上の者に限り俸給の一〇〇分の一に相当する金額を国庫に納付する制度が創設されたにとどまった(昭和二一年法律第三一号による改正前の法五九条)。なお、その後の大東亜戦争陸軍給与令三七条又は海軍戦時給与規則二条一項の規定による給与を受ける者で、戦地、事変地等で勤務していた者に対しては、恩給納金は免除されていた(昭和二一年勅令第五〇四号による廃止前の恩給法施行令(大正一二年勅令第三六七号)二四条の九。なお、昭和二一年法律第三一号による恩給法改正後、公務員は、毎月その俸給の一〇〇分の二に相当する金額を国庫に納付することとされている(法五九条)。

(三) 恩給権の消滅事項について

恩給法は、その制定当初より、年金たる恩給権の消滅事由として、恩給権者が、<1>死亡したこと、<2>死刑又は無期若しくは三年を超える懲役若しくは禁錮の刑に処せられたことと並んで<3>国籍を喪失したことを規定している(法九条一項三号)。

(四) 戦後の旧軍人に対する恩給の廃止等について

昭和二一年、恩給法の特例に関する件(昭和二一年勅令第六八号)により、旧軍人に対する普通恩給、傷病年金、一時恩給、軽度の傷害に係る傷病賜金、扶助料及び一時扶助料は支給しないものとされ、傷病年金及び軽度の障害に係る増加恩給は傷病賜金に切り替えられ、その他の傷病賜金及び増加恩給等については一部減額する等して存続した。

その後、昭和二八年法律第一五五号附則二条により、恩給法の特例に関する件は廃止された。

2  条約

市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号。同年九月二一日発効。以下「B規約」という。)二六条は、「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定する。

第三争いのない事実等

一  当事者等(<証拠略>)

原告は、大正一三年(一九二四年)一二月一二日、当時の朝鮮慶尚南道蔚山群下廂面南外里二八七番地にて、父金柄漢、母朴華との間の子として出生した。当時、原告は、明治四三年(一九一〇年)八月二二日に締結された韓国合併ニ関スル条約に基づき日本臣民とされていた。

昭和一四年一一月、「創氏改名」政策に伴い、原告は「大立俊雄」との日本式氏名に改名した。

二  出征等の経緯(<証拠略>)

原告は、昭和一三年四月三日に施行された陸軍特別志願兵令に基づき、昭和一七年初めころ、日本国旧陸軍(以下「陸軍」という、)に志願し、同年六月ころ、日本国のソウル志願兵訓練所に入所した。原告は、右同所において六か月の訓練を受けた後、昭和一八年三月二〇日、現役兵として歩兵第八〇連隊に入隊した。

原告は、昭和一九年六月ころ、韓国・釜山港から出航し、シンガポールに上陸、マレー半島、ビルマ等を陸軍歩兵として歴戦し、同年一二月一二日ころ、ビルマ南部ワラバン付近における戦闘中、左下腿右肩胛部腰部軟部盲貫追撃砲弾破片創の重傷を受けた。その後、ビルマ南部シヤン州ライカ所在の第一二一兵站病院に入院中の昭和二〇年三月四日朝方ころ、右病院が敵機の爆撃を受け、その際、原告は右上膊投下爆弾破片創を受け、右腕を切断され、左足が不自由になった(以下これによる機能障害を「本件機能障害」という。)。

原告は、昭和二一年四月二八日復員し、同年八月ころ、現在の大韓民国に帰国した。

三  日本国籍の喪失

原告は、平和条約の発効によって、日本国籍を喪失した。

四  恩給請求等の経緯(<証拠略>)

原告は被告に対し、平成六年四月四日付けの増加恩給の請求(以下「本件請求」という。)をしたが、被告は、同年七月一四日付けで本件請求を棄却する旨の本件処分をした。これを不服として、原告は、同年九月二八日付けで異議申立てをしたが(同月三〇日受付)、同年一〇月一四日、被告は右異議申立てを棄却した。このため、原告は総務庁長官に対し、同年一〇月二二日付け申立書をもって同月二四日、右異議申立てを棄却した処分につき審査請求をし、平成七年一月一八日、本件訴えを提起した。なお、総務庁長官は、同年四月二一日、原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。

第四争点及び当事者の主張

一  争点

1  国籍条項が憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否か

2  自己の意思によらず日本国籍を喪失した者に国籍条項を適用することが右各憲法の条項に違反するか否か

3  朝鮮半島出身者に対して国籍条項を適用することが右各憲法の条項に違反するか否か

4  国籍条項を適用して、本件請求を拒否することが増加恩給の性質に違反するか否か

5  旧植民地出身の増加恩給請求権者(傷病軍人)に対し国籍条項を適用することが、条理に反するか否か

6  国籍条項がB規約二六条に違反するか否か

7  原告の復員後から日本国籍を喪失するまでの間に係る増加恩給権が法四六条三項に基づき認められるか否か

二  当事者の主張

1  原告の主張

本件処分の違法性に関する原告の主張の要旨は、別紙記載のとおりであり、その骨子は以下のとおりである。

(一) 国籍条項は、憲法一四条、二九条、一三条に違反する。

(1) 憲法一四条違反

恩給支給の根拠は日本国民として戦争に参加し日本国に対し軍務を提供したことにあり、日本国籍を離脱した外国人も、日本国民として提供した軍務は日本国民と同じであるから、国籍の変更は、それ自体では恩給支給について別異の取扱いを正当化する根拠とはなり得ない。なお、国家公務員共済組合法(昭和三三年法律第一二八号)は、恩給制度を合理化したものであり、国家に役務を提供したことを原因とする給付を規定するが、同法に国籍により差別する条項が設けられていないのは、年金支給について国籍による差別を設けることは不合理と解したからである。にもかかわらず、国籍条項は、国籍の変更をもって同じ軍務を提供した者を差別するものであるから、憲法一四条に違反する。

そして、国籍条項の適用を排除すれば、恩給法に基づき外国人に対して日本国民と同一の要件のもとで同一の給付がなされるのであって、新たな立法の必要はないから、右のように解しても立法府の権限を侵害することもない。

(二) 憲法二九条違反

恩給権は財産権であるところ、戦傷により労働能力を喪失した原告にとって、恩給受給こそが生きていくための人権の根本である。一方、日本国は、日本国民及び国家の利益のために平和条約を締結したものであり、それに伴い原告は日本国籍を喪失したものであって、国籍条項が国籍喪失に伴って恩給権を自動的に剥奪するというのであれば、日本国の利益によって原告の財産権を剥奪することになる。右によれば、国籍条項は、憲法二九条に違反する。

(3) 憲法一三条違反

法は、個人の尊厳と生命、自由及び幸福追求に対する権利を保障するために制定され、恩給は、国に対し役務を提供したことに基づき支給されるものである。朝鮮半島出身者の旧軍人は、日本人の旧軍人と同一の軍務を提供したのであるから日本国の旧軍人と同一の恩給を受ける権利が存在する。被告が原告の恩給権を正当な理由なく国政の上で剥奪することは、個人の生命、自由及び幸福追求に対する権利を侵害し、憲法一三条に違反する。

(二) 国籍条項は、自己の意思によらず日本国籍を喪失した者に対しては、適用がないと解すべきである(合憲限定解釈)。

国籍条項は、その文言からも、恩給法の制度趣旨からも、自らの意思により日本国籍を離脱したものに適用が限定されるべきである。そもそも立法者は、日本国民の意思を無視してその国籍を剥奪することを予想しておらず、国籍条項は、自らの意思により日本国籍を失った場合のみを想定していたものである。また、恩給の支給義務者たる日本国が、平和条約により、恩給権者の意思によらずに恩給権を剥奪することは、許されるべきことではない。

戦傷病者戦没者遺族等援護法(昭和二七年法律第一二七号。以下「援護法」という。)に定める遺族年金等の失権事由たる国籍喪失は、個人の意思に基づいて国籍を失った場合にのみ適用されると解釈されていたところ、援護法と同一趣旨に基づく恩給法の国籍条項の規定も同様に解釈されなければならない。

(三) 朝鮮半島出身者に対して国籍条項を適用することはできない(適用違憲その1)。

日本政府は、平和条約が締結されるまで、旧植民地出身者については、原則として日本国籍を有するものとして扱い、旧植民地出身者以外の日本国民と異なる扱いをする場合には、法令にその旨を明らかにした附則を設ける形をとっていたところ、恩給法には、そのような附則等は制定されていない。

恩給法の立法者は、原告のような朝鮮半島出身者の日本国籍がなくなるということは全く考えていなかったのであり、本件に国籍条項を適用することは非歴史的、不当な解釈である。

日本国政府と韓国政府が、昭和四〇年六月二二日に調印した「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(昭和四〇年条約第二七号)は、両国政府が外交保護特権を放棄する旨の協定であり、韓国国民個人の日本国政府に対する請求権に関するものではない。

日本国が朝鮮半島を日本国化した経緯及び戦後の事情等からみて、特に朝鮮半島出身者に対して、国籍条項を適用することは許されない。

(四) 傷痍軍人たる原告に対して国籍条項を適用することは、増加恩給の国家補償的性格に照らして許されない(適用違憲その2)。

法が公務傷病を理由として増加恩給を支給するのは、単なる社会保障的見地に基づくものではなく、軍務の提供に対し、旧軍人が戦傷した場合の損失の填補義務という使用者責任類似の特殊な国家補償という性格を有するものであるから、戦傷当時、日本国籍を有していることが増加恩給支給の要件であり、その後に日本国民であるか否かは、支給の本質的条件ではない。

このことは、昭和二一年二月、恩給法の特例に関する件により旧軍人に対する普通恩給等が廃止されたにもかかわらず、増加恩給が存続することとされ、また、普通恩給について若年者、高額所得者に対し一部又は全部の給付の停止があるとされているのとは異なり、増加恩給について右のような制限がされていない(法五八条の三第二項、五八条の四)ことからも明白である。

したがって、傷痍軍人に対する補償(増加恩給)は、単なる政策的考慮により恩給支給の要件を変更しあるいは恩給支給を拒否できるものではなく、国籍条項は、増加恩給請求者に対して適用がない。

(五) 旧植民地出身の傷痍軍人に対し、国籍条項を適用して増加恩給支給を拒否することは条理に反する。

条理とは、実体法体系の基礎となっている基本的な価値体系であり、裁判官の主観の中のみならず、客観的にある範囲の社会の人々の思想の中に存在し、経験的に探求し得るものであり、成文法の解釈基準として用いられることが多いが、時には、成文法の規定を排除する場合も存する(東京高等裁判所昭和五八年一〇月二〇日判決・判例時報一〇九二号三一頁参照)。

本件においても、平和主義を宣誓する憲法前文の趣旨、原告の従軍が日本国による朝鮮の植民地支配という歴史的経緯に根ざしていたこと、自己の意思によらない国籍喪失という事態が法制定時に予想されていなかったこと、新聞による意識調査によれば国籍条項が不条理であると考えている日本人が多いこと、国籍条項による内外格差が極めて大きいこと、国際社会において国家の責任において引き起こされた損害について、その国家が、内外人を問わず補償を行うべきことは常識であること、戦争犯罪者としての刑事責任においては朝鮮半島出身者も日本国籍を有するものと扱われていること、恩給法において平和条約に根拠を有する「戦争犯罪法廷の裁判の受諾」及びこれに基づく受刑者については恩給権の喪失事由に当たらないとの解釈がなされていることとの均衡及び原告が従軍時に日本国による補償(恩給)を受けられるものと信じていたことからして、条理(信義と公平の原則)に基づき、国籍条項の適用が排除されるべきである。

(六) 国籍条項は、B規約二六条に反し、無効である。

(1) 条約解釈の第一次的判断権は各締約国にあるが、国際法のルールに従った解釈手法を採り、解釈内容も国際法上許される評価の余地内におさまるものでなければならず、B規約の解釈も、国際慣習法を法典化した条約法に関するウイーン条約(昭和五六年条約第一六号。以下「ウイーン条約」という。)が定めるのと同様のルールによらなければならない。

すなわち、条約の文脈、趣旨及び目的に照らし、用語の通常の意味に従って客観的に解釈されるべきであり(ウイーン条約三一条一項)、条約の不履行を正当化する根拠として国内法を援用することはできない(ウイーン条約二七条)。また、解釈の補足的手段については、<1>条約の準備作業段階の事情、<2>条約に基づく判例法、<3>同種の他の条約の同一又は類似の条項に関する判例法に限定されるというべきである(ウイーン条約三二条参照)。

(2) B規約二八条のもとで設置され、締約国による規約の国内的実施を監視する各種の国際的実施制度を運用する条約機関である人権委員会(以下「規約人権委員会」という。)が、一般的な性格を有する意見(以下「一般的意見」という。)及びこれと相互作用的な関係にある選択議定書に基づく個人の通報に対して発出される意見等において示すB規約の解釈は、最高の権威を有し、締約国に対する法的強制力こそ有していないが、いずれも「条約の解釈文は適用につき当事国の間で後にされた合意」(ウイーン条約三一条三項(a))に該当する。

そして、一九九三年(平成五年)の審査の際、日本国に対して出された意見で、規約人権委員会は、「旧日本軍において軍務についたが、もはや日本国籍を有していない韓国・朝鮮や台湾の出身者は、その恩給に関して差別されている。」と指摘している。

日本は選択議定書を批准していないが、規約人権委員会の見解は選択議定書を批准した国と同じく日本にも適用があり、日本の裁判所がB規約を適用する場合も、規約人権委員会の解釈を前提としなければならない。

(3) B規約は締約国の国民及び外国人のすべての適用があり(B規約二条一項)、外国人に対する権利の制限を正当化するB規約上の条文はなく、公共の福祉を理由とする制限は許されない。また、平等権は、国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においても制限することが許されず(B規約四条一項ただし書)、B規約前文、二条、二六条の人権保護の趣旨からも、B規約二六条は、個人に有利に解釈されなければならない。この点、規約人権委員会の一般的意見一八によれば、取扱いの区別が差別でないというためには、<1>取扱いの区別の基準が合理的であること、<2>取扱いの区別の基準が客観的であること、<3>取扱いの区別の目的がB規約の下で正当とされる目的を達成するものであることに加えて、国家の正当な目的を達成するために選ばれる手段が、その目的と比例していること、すなわち、当該目的を達成するために必要最小限度の制約のみが許されることになる。

なお、いったん締約国によって社会保障立法が制定されれば、当該法律はB規約二六条に従って立法の平等性が求められ、立法の裁量を持ち出す余地はない。

一九八五年、セネガル国籍を有するゲイエらが、フランスの取扱いがB規約違反である旨を規約人権委員会に対し通報した事件(申立番号一九六。以下「ゲイエ対フランス事件」という。)において、規約人権委員会は、「通報者らへの年金支給を決定したのは国籍の問題ではなく、過去にこれらの者によってなされた役務であることを注記する。フランス国民と同じ条件でフランス陸軍で軍務に服し、セネガルの独立後一四年間、国籍はセネガルであったが、年金の権利に関してはフランス国民と同様に扱われていた。その後の国籍の変更はそれ自体、別異の取扱いを正当化する十分な根拠と考えることはできない。」との判断を示し、同じ軍務に対する給付であるにもかかわらず国籍の有無をもって異なる取扱いをすることは合理的かつ客観的とはいえず、規約二六条にいう「他の地位」に基づく差別に当たるとした。

原告の恩給権は、軍務に対する報償であって、ゲイエ対フランス事件における年金受給権と同様の性質のものであり、報償に相応する金額を支給しないことを合理的であるということは不可能である。仮に、原告の恩給権に社会保障機能が含まれるとしても、原告が軍務に就いてかつ税金を支払っていたことを考慮すれば、当然、現在原告に恩給が支払われてしかるべきことになる。なお、ゲイエ対フランス事件の事案と本件の事案との差異のうち、現実に年金(恩給)を需給した事実の有無、国籍を喪失した時期、植民地独立以前に国籍による差別の規定が存在していたか否か、帰化による国籍及び年金(恩給)受給権の回復の可能性の有無については、いずれも条約違反性の有無とは関連性がないか、条約違反性を強める方向に作用する事情であり、また、原告の恩給権について政治的決着がついているという主張も理由がない。

(4) 被告は、立法裁量というのみで、「国籍により区別する理由」について具体的主張立証をしていない。

(5) 以上によれば、国籍条項は、<1>国籍喪失者を不利に扱う規定であり、<2>その立法理由が説明不可能であり、B規約の下で正当とされる目的を達成するものではなく、<3>恩給権が軍務に対する報償としての性質を有するものであり国籍喪失とは関係がないから、厳密な合理性の基準を充たすものではなく、<4>個別的かつ任意の国籍離脱のみを指すのか解釈に争いがあるから客観性の基準も充たさず、B規約二六条に違反する。

(七) 原告には、法四六条三項に基づく増加恩給請求権が認められる。

原告は退職の時には明らかになっていない公務傷病の憎悪に対して平成六年に法四六条三項を根拠に本件請求をなしているところ、法四六条三項(昭和三三年法律第一二四号により改正附則二二条の二が加えられた後のもの)においては、請求時以前の期間に対応する支分権が発生し得ることが明言されているから、原告には退職の日以降少なくとも平和条約で国籍を喪失するまでの間の増加恩給が支給されるべきだった。

改正附則二二条の二の「改定」とは「一律に給付の条件が変更される場合」であり、その場合は恩給事務上の事由により給付の始期が遅れることに対し、時宜に適した措置を講ずるという問題ではないから、遡及の時期に制限はない。なお被告は旧軍人の場合無制限に遡及すると文官との不平等が生ずることを主張するが、旧軍人について支給される恩給と文官とに対し支給される恩給とは積立率、支給額が異なり、体系が異なるのである。

また、恩給審査会への諮問を経ていないことは手続違反である。

2  被告の主張

(一) 国籍条項が憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否かについて

原告の公務に起因する本件機能障害が法別表第一号表の二に掲げる程度であったとしても、原告は、平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失したので、国籍条項の規定により、増加恩給を受ける権利を喪失した。

(1) 国籍条項が憲法一四条に反するか否かについて

立法府の政策的、技術的裁量に基づく判断に委ねられる立法分野における法律の条項に対する違憲審査は、立法府の裁量の範囲を逸脱するかどうかを基準として判断すべきであるところ、恩給請求権の要件、給付条件については、立法府に広範な裁量が認められるべきである(最高裁判所平成四年四月二八日第三小法廷判決・判例時報一四二二号九一頁、同昭和四四年一二月二四日大法廷判決・民集二三巻一二号二五九頁参照)。そして、全額国庫負担の下に、公務上負傷した公務員に対して増加恩給を給することとし、公務員制度が日本国民を対象にしていたことから、恩給を日本国民のみに給することとした恩給法の規定には合理的理由がある。

また、恩給法の給付には、社会保障的な側面もあるところ、社会保障の分野においても、立法府に広い裁量が認められ、また外国人との関係においては、生活の保障ないし援助は当該援助の対象者の属する国家の責任においてなされることと解されている。

以上によれば、国籍条項は不合理な差別に当たらないから、憲法一四条に違反しない。

(2) 国籍条項が憲法二九条、一三条に反するか否かについて

前記のとおり、外国人に恩給権を認める法律上の規定はなく、恩給権という財産権の侵害という事態が生ずる余地はないから、国籍条項をもって恩給権の消滅事由とすることが、憲法二九条違反の問題となることはない。また、恩給権の性格が右のようなものであり、国籍条項が不合理な差別に当たらない以上、憲法一三条にも違反しない。

仮に外国人に何らかの給付をすべきであるとした場合であっても、具体的な要件、給付の程度については、外交関係、国際情勢、国内の政治・経済・社会的事情、国の財政事情等に照らして、政治的判断により決定されるべきものであり、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的裁量を必要とするものであるから、立法府が決定すべきものであるところ、裁判所が国籍条項を無効とする解釈をすることは、立法府が持つ前記裁量権を侵すことになりかねない。

(二) 自己の意思によらず日本国籍を喪失した者に国籍条項を適用することの可否について

国籍条項は、国籍喪失の理由のいかんを問わず、留保も付されていないこと、国籍法では、本人の意思による場合は、国籍の「離脱」という文言を用い、本人の意思のいかんを問わない場合は「失う」ないし「喪失」という文言を用いて両者を区別していること、立法者意思も国籍喪失の理由を問わないものであったこと、昭和二八年法律第一五五号制定時において平和条約により日本国籍を喪失した場合には恩給を給しない趣旨である旨の立法者意思が明らかにされていること、恩給制度は従前の官吏制度及び公務員制度の一環として外国人を対象としていなかったこと、恩給には、生活維持を援助するという側面があるが、国民の生活保障ないし援助はそれぞれの国民が所属する国家の責任においてなされることが国際間で基本的に容認されている実情にあることに照らせば、原告の主張は理由がない。

(三) 朝鮮半島出身者に対して国籍条項を適用することの可否について

国籍条項が設けられた理由は前述のとおりであり、判例においても朝鮮半島出身者は、平和条約の発効により日本国籍を喪失したものと解されており、国籍条項の文言からして、朝鮮半島出身者についてのみ別異の解釈をする余地はないから、原告の右主張は理由がない。

(四) 国籍条項を適用して、増加恩給請求を拒否することの可否について

以上に述べたことは、傷痍軍人による増加恩給請求の場合にも同様に当てはまる。

(五) 旧植民地出身の増加恩給請求権者(傷病軍人)に対し国籍条項を適用することが、条理に反するか否かについて

原告は、恩給が正義公平の見地からその受けた犠牲に対する補填として認められる以上、条理に基づいて恩給の支給が認められるべきであると主張するが、法律の規定に反して条理に基づく恩給の支給を認める余地はない。また、極東国際軍事裁判所等で宣告された戦争犯罪人の刑の執行に対する日本国の執行義務と恩給権の消滅とは、全く次元の異なる問題である。

(六) 国籍条項がB規約二六条に違反するか否かについて

(1) 条約の解釈は国際法の原理に従うべきであるとしても、国際法の原理に従って条約を解釈した結果、国内法と同一の趣旨の規定であると解釈される場合もあり得る。

なお、原告は、国際法における用語は確立しており使用法は条約間で異ならず、同一の事項に関する他の条約は有効であると主張するが、国際法上それを根拠づけるものはない。

また、ウイーン条約はB規約には適用されないが、ウイーン条約三二条によっても、解釈の補足的手段に依拠できるのは、当該条項の意味があいまいであるか又は不明確である場合等に限られるところ、B規約二六条の意味のあいまいさ、不明確さを検討することなく解釈の補足的手段に言及することは失当である。しかもウイーン条約三二条は「解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる」と規定するだけであり、解釈の補足的手段が限定されるとする原告の主張は独自の見解にすぎない。

また、ウイーン条約二七条は、条約と国内法の関係について定めたものではなく、条文の文理に即して解釈すること、趣旨及び目的に照らして解釈することは当然のことである。

(2) 条約の第一次的な解釈適用権限は、締約国が有するものであり、そうである以上、各国で条約の解釈が区々に分かれることは不可避的に生じ得る事態である。そして、B規約の文理上、規約人権委員会がB規約の有権的解釈をする機関とまでは規定されておらず、そのように解する根拠もない。

規約人権委員会が送付する一般的意見は、各締約国に対する法的な拘束力を持つものではない。また規約人権委員会の意見は、報告した国を法的に拘束するものではない。個人の通報に対する規約人権委員会の意見は、関係国に対する法的拘束力を有せず、その内容も一般的意見のような一般性を持たず、当該通報を行った者と関係国のみを対象とするものである。

なお、我が国は、B規約とともに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号。昭和五四年九月二一日発効。以下「A規約」という。)を批准したが、選択議定書を批准しておらず、また、B規約四一条に基づく規約人権委員会の審議権限の受諾宣言をしていないから、選択議定書やB規約四一条に基づく規約人権委員会の意見については、我が国に対する法的拘束力が問題となる余地はない。

(3) B規約二条一項は、人権保護規定の性格上当然の規定であって、そのことから直ちに権利を侵害されたと主張する個人の人権にとって広く有利に解釈すべきとはいえず、また、B規約二六条は、合理的理由のある差別は許していると解される。

そして、恩給権は広い意味で社会権に属すると考えられるところ、国際人権規約において社会権はA規約に規定されている。A規約上の権利についても、A規約二条二項で締約国はいかなる差別もなく行使されることを保障する旨規定されているが、同条一項が、社会保障の権利について締約国がその実現に向けて社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明しただけで、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではないと解されていることからして、各国の立法政策によることが許容され、広範な立法裁量が認められるべきである。

そうすると、A規約と合わせて審議、採択されたB規約二六条の平等原則における合理性の有無の判断基準においても、このことを考慮した解釈をすべきであり、立法裁量の逸脱又は濫用といえるような事情がない限り、合理的な区別として違憲にはならないというべきである。そして、右合理性の有無の判断は、法律判断として裁判所の専権に属するものであり、また、一定の内容を持った権利の保障を停止するかどうかというB規約四条の問題とは局面が異なるというべきである。

(4) なお、原告は、ゲイエ対フランス事件に関する規約人権委員会の意見が、本件においても採用されるべきであると主張するが、規約人権委員会の意見は日本において法的拘束力を持たないものであり、また、ゲイエ対フランス事件において、日本と大韓民国のように、二国間での協議において恩給請求権も含めた要求がされ、その後二国間で条約が締結され解決済みとされたというような経緯があるか否かが明らかでなく、本件とは事案が異なるから、原告の主張は失当というべきである。

(七) 原告に、法四六条三項に基づく増加恩給権が認められるか否かについて

法四六条三項の増加恩給は、請求時より前の期間に対応する給付は予定していない。そして、改正附則二二条の二が法四六条三項の適用を前提としていることから、請求時より前に恩給権の消滅事由が生じた場合に、改正附則二二条の二が適用される余地はないというべきであり、臨時恩給等調査会の結果報告、これを受けた国会の審議、立法、文官の恩給受給者との均衡からしても、右のとおり解釈するのが正当である。

原告は、恩給請求の時より前に国籍を喪失したことにより、改正附則二二条の二で定められた給与の始期以前に基本権たる恩給権の消滅事由が発生しているのであるから、そもそも給付されるべきものは存在せず、また、原告の恩給請求については、改正附則二二条の二が適用されない以上、恩給審査会に付議する必要はない。

仮に原告が国籍を喪失するまでの間、恩給権を有しその期間に対応する支分権が発生し得るとしても、恩給権は、財産権及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和四〇年法律第一四四号)一項により消滅している。

また、最高裁判所平成四年四月二八日第三小法廷判決は、台湾出身者である軍人に対する補償が問題となっている事件であり、日韓関係においては、二国間取極の有無等に違いがあるが、二国間取極が予定されたという事情は共通であり、台湾との関係では日中共同声明により事実上特別取極の可能性がなくなったのに対し、日韓両国の間では、平和条約四条(a)に規定されるものを含めて完全かつ最終的に解決されたのであって、右最高裁判所判決の趣旨は、日韓関係にも及ぶと解すべきである。

三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第五当裁判所の判断

一  恩給権の性質について

1  公務員及びその遺族に対する公務退職後の給付に関する法律は、かつては、官吏恩給法、官吏遺族扶助法、軍人恩給法、市町村立小学校教員退隠料及び遺族扶助料法等により個別的に規定されていたが、大正一二年に、恩給法に一本化された(法八四条参照)。そして、恩給法において、恩給権は、国から公務員であった者及びその遺族への恩恵的給付ではなく権利として位置づけられたが、その権利の内容は恩給法によって規定されている。

以下では、主として退職した公務員に対する年金たる恩給を念頭に置いて、恩給権の性質を検討することとする。

恩給については、既に説示したとおり、恩給納金の制度は存在したが、当初、旧軍人のほかにも恩給納金の対象とならない者がおり、その後も、恩給納金を免除される公務員が予定されていたこともあって、恩給の給付の原資の大半を国が負担していた。また、昭和三一年に公共企業体職員等共済組合法、昭和三三年に国家公務員共済組合法、昭和三七年に地方公務員等共済組合法が制定され、恩給法の適用又は準用を受けていた公務員への退職給付がそれぞれ各社会保険制度へ移行したことにより、その後においては、恩給法による給付についての納金は予定されていない。したがって、恩給の給付内容は、恩給納金を基礎とする保険数理(国家公務員法一〇七条三項参照)に基づくものではなく、ほぼ国の負担によって賄われるものとなっている。

また、普通恩給についてみれば、所定の年数(増加恩給に伴って支給される普通恩給については、例外が認められている。法六〇条五項、六三条三項)在職した後に退職した者に支給される年金給付であり、その給付内容は退職時の俸給年額と在職年数に基づいて算定されるが、恩給権者の年齢又は所得による支給制限があり、他方、増加恩給についてみれば、在職年数とは関係なく、在職中の公務に起因する傷病を理由としてその重度障害の程度に応じて年金が支給されるものであり、恩給権者の年齢又は所得による支給制限はない。

そして、恩給法の制定当初から、恩給権者が一定の刑事罰を執行された場合及び国籍を失った場合には、増加恩給を含む年金たる恩給(普通恩給、増加恩給及び扶助料)を受ける権利は消滅するものとされていた。

2  右にみた恩給制度の原資の負担状況に照らせば、恩給権をもって社会保険又は互助共済制度に基づく権利と解することは困難である。また、普通恩給には年齢及び所得による支給制限があること、あるいは増加恩給が公務傷病による稼働能力の喪失を補うものと考えるときは、これらによる年金給付は稼働能力の喪失を補填する公的扶助の色彩を有していたということもできるが、給付内容は定型的であって、必要に即応した給付に限定されていないのであって、このことからすると、公的扶助と断定することも困難である。

また、年金制度の沿革及び一部公務員に関する恩給納金制度の存在、年金たる恩給を受ける権利の喪失事由の内容に照らせば、恩給権をもって給料の後払いであるとか、公務員の使用者に対する損害賠償又は損失補償(憲法二九条三項)といった実体法上の金銭給付請求権の具体化と解することも困難である。

結局、恩給権とは、一般的な社会保険、公的扶助が不十分な時代において、永年勤務を奨励し、公務上の傷病による稼働能力の喪失を補い、そのことにより公務への忠誠、精励を確保するために、公務員に対して、その使用者である国が退職後の公務員及びその遺族の生活の保障ないし援助をすることとして、恩給法によって創設された権利であり、性質的には、社会保障的要素を含み、増加恩給については公務傷病者への損失補償の機能をも有していたものということができる。

そして、現在の世界の実情において、公的な生活の保障ないし援助については、それぞれの国民の所属する国家がその責任を負うことが国際間の基本原理として容認されているものと解され、また、恩給法の適用を受けるべき公務員については日本国籍を有する者であることが当初から予定されていたことを考えると、恩給権は、国家による自国民の生活の保障ないし援助措置の一環として、特に国が使用する公務員に与えられた退職後の給付を求める権利ということができる。

3  この点、原告は、増加恩給については、軍人恩給の廃止にもかかわらず存続された経緯、普通恩給のような若年者及び高額所得者についての支給停止に関する規定がないこと等から、単なる社会保障的性質に止まらず、軍人の戦傷に対する使用者責任類似の特殊な国家補償の義務としての性質を有すると主張する。たしかに、恩給権の性質が社会保障としての性格のみから説明できず、増加恩給については公務傷病に対する損失補償の機能を有することは既に検討したとおりである。しかし、原告が指摘する軍人の戦傷についてみても、国民に兵役の義務を課していた制度(大日本帝国憲法二〇条)の下においては、戦争被害は国民が共通に受忍すべきものと考えられたのであって、これを公益のために特定個人が被る受忍限度を超えた損失であるとしたものとは解されず、現憲法下においても、生命、身体の徴用による損失補償は予定していないというほかないから、増加恩給のみが、国籍の離脱等によっても奪うことのできない権利として法定されたと解することは困難である。

二  本件に関する歴史的経過

1  原告が、韓国併合ニ関スル条約の後に当時の朝鮮において出生して日本国籍を取得し、平和条約の発効により日本国籍を失ったことは、当事者間に争いがない。

2  我が国は、昭和二七年四月二八日発効した平和条約により、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄し(平和条約二条(a))、この地域に関し、日本国に対する右地域の住民の請求権の処理は日本国と右地域の施政を行っている当局との間の特別取極の主題とされた(平和条約四条(a))。

そして、我が国は、昭和四〇年一二月一八日に発効した日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(昭和四〇年条約第二五号)において、一九一〇年八月二二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定がもはや無効であることを確認し(同条約二条)、同条約の発効日と同日(昭和四〇年一二月一八日)に効力を生じた財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定により、我が国は大韓民国に対して、当時一〇八〇億円に相当する生産物及び役務の無償供与、七二〇億円に相当する長期低利貸付を約し(同協定一条一項)、一九四七年八月一五日から一九六五年六月二二日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益並びに一九四五年八月一五日以後における通常の接触の過程において取得され、又は他方の締約国の管轄下に入った一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益を除き、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、平和条約四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認し(同協定二条一項、二項)、右の範囲に属する一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であって、一九六五年六月二二日に他方の締約国の管轄下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権で同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとした(同協定二条三項)。

この協定によって、我が国と大韓民国とは、同協定二条三項の対象となる国民の財産、権利及び利益については、相互に外交上の保護権を放棄したこととなった。

3  かくて、昭和四〇年一二月一七日、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律により、右協定二条三項の対象となる大韓民国及びその国民の日本国又はその国民に対する債権等は、昭和四〇年六月二二日に消滅したものとされた。

三  争点に対する判断

1  国籍条項が憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否か(争点1)について

(一) 国籍条項が憲法一四条に違反するか否かについて

(1) 憲法一四条一項の法の下における平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨である(最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁)。

(2) ところで、社会保障に係る立法については、政治的、財政的、社会的その他諸般の事情を、適切に配慮して行われなければならないから、立法府の政策的・技術的な判断に委ねるほかなく、各人に存する事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その立法目的が正当であり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、右規定に違反するということはできない(最高裁判所昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁、同平成四年四月二八日第三小法廷判決、同昭和四四年一二月二四日大法廷判決参照)。

そして、前記のとおり、生活の保障ないし援助に関する第一次的な責任は援助対象者の属する国家にあると解されることからすれば、生活の保障ないし援助に係る立法において、国籍を理由として区別を設けること自体には合理性があると考えることができる。また、国が行う生活の保障ないし援助については必然的に財政支出を伴うところ、このことからすれば、いかなる要件の下にどのような給付をするかについては、社会保障における立法における場合と同様に、財政的、社会的な問題をも考慮した立法府の政策的、技術的な判断に委ねられているというべきである。そして、このような財政支出を伴う政策的な立法において、国籍を理由とした区別を行うことは、その区別の態様が、立法目的に照らし、著しく不合理であることが明らかな場合に限って憲法一四条に違反するということができる。

(3) これを国籍条項についてみると、既に検討したとおり、恩給権は、公務に従事したことへの報償又は公益のために個人が特別に被った犠牲に対する国家の補償責任若しくは損害賠償責任の履行請求権ではなく、使用者である国による公務員の退職後の本人又はその遺族の生活の保障ないし援助という社会保障的要素を含む権利として法定された権利というべきであり、財政負担及び自国民保護の第一次的責務を追うのが国であることを考慮すると、年金たる恩給の権利者を日本国籍を有する者に限定すること自体には、合理性があり、立法目的に照らしても、憲法一四条に違反するということはできない。

(二) 国籍条項が憲法二九条又は一三条に違反するか否かについて

恩給権は、恩給法の規定を待って初めて生じるものであるところ、国籍条項が憲法一四条に違反しない以上、外国人に恩給権を認めるべき法律上の根拠はないことになるから、国籍条項によって恩給権の侵害という事態が生ずる余地はない。また、原告は国籍条項が憲法一三条に違反するという前提として、恩給が公務員としての役務を提供したことに基づいて支給されるものであると主張するが、恩給権が役務に対する報償としての対価的権利でないこと、特に増加恩給が役務提供への対価又は功労報償の性質を有しないことは既に説示したところから明らかである。また、既に検討した恩給権の性質に照らして、その年金給付の対象を日本国籍を有する者に限定することは、国籍を失った者の幸福追求権を侵害するものではなく、また、憲法二二条に規定する国籍離脱の自由を奪うものでもないのである。

(三) 以上のとおり、国籍条項自体をもって憲法違反ということはできない。

なお、原告は国籍条項が憲法に違反する理由として、朝鮮半島出身の旧軍人についての財産権侵害、幸福追求権の侵害をも主張するが、この点は、国籍条項の本件への適用の違憲をいうものとして後に検討することとする。

2  自己の意思によらずに日本国籍を喪失した者に国籍条項を適用することが憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否か(争点2)について

(一) 既に検討した恩給権の性質及び前記国籍条項が設けられた趣旨からすると、日本国籍の喪失が自己の意思によるか否かによってその適用を分ける必然性は認められない。恩給法の文言においても、「失ヒタル」という用語の通常の意味が自己の意思に基づくもののみを意味せず、他に国籍喪失の理由が自己の意思によるべきこと等の留保も付されていないことからして、国籍条項が、自己の意思によらずに日本国籍を喪失した場合を含まない趣旨であると解することは、困難である。

すなわち、国籍法は、国籍喪失自体が本人の意思に基づく国籍の離脱(同法一三条)選択(同法一一条二項)のほかに、外国の国籍の取得及び国籍留保の意思表示をしないことによる国籍の喪失(同法一一条一項、一二条)を掲げ、旧国籍法(明治三二年法律第六六号)は、これに加えて身分関係の変動による国籍の喪失を規定していた(同法一八条、二三条等)が、国籍の離脱又は選択以外の国籍喪失もその原因が本人の意思的行為に帰せられる点で、国籍喪失そのものが本人の意思に基づくか否かによって国籍条項の適用を区別する理由はないというべきである。

もっとも、国内立法である国籍法は、領土の割譲又は交換、国の一部の独立といった国際法的原因による国籍の変動を規律するものではない。そして、国内立法である恩給法においても、右のような国際法的原因による国籍の変動を当然に予定するものではないとする余地はある。しかし、国際法的原因による国籍の変動の場合には、国籍の帰属自体のみならず国籍が変動することとなる者の従前の国家に対する請求権についても、領土の割譲又は交換、国の一部の独立に伴う国際法上の問題として検討されるべきものであること、国家主権の及ばなくなった領土及びそこに居住する他国籍を取得した者に対しては、従前の国家の国内法の適用は予定されないのが通常であると考えられることからすれば、国内立法である恩給法に規定された国籍条項が国際法的原因による国籍の喪失の場合を想定していないとしても、逆に、国際法的原因による国籍の喪失であれば国籍条項の適用がないと解することもできないのである。

(二) この点、原告は、国籍条項を定めた立法者は、自己の意思によらずに日本国籍を喪失する場合を想定していなかったと主張し、国籍条項と同様の規定を有する援護法に関して、原告主張と同様の見解に立つ通達が存在すると指摘する。たしかに、昭和二七年四月三〇日に援護法が制定、施行され(適用は同年四月一日。)、その一四条には国籍条項と同様の規定が設けられながら、その附則二項で、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、援護法を適用しない旨を規定したことからすると、援護法一四条は、当時の戸籍法の適用を受けなかった平和条約によって分離独立した地域の住民である軍人軍属等を援護法の適用から除外するものではなかったとする見解も想定できないものではない。しかし、援護法附則二項の規定は、平和条約によって自己の意思によらないで日本国籍を喪失した者に同法の援護を与えることを企図したものではなく、援護法制定当時、平和条約においても国籍の帰属が分明でない者が想定されたことから、立法技術上、これらの人々に援護法の適用がないことを援護法一四条に加えて明らかにしたものと解され、原告が引用する通達も、日本に帰化した朝鮮出身者等に対する同法の適用に関するものであって、自己の意思によらずに国籍を喪失した者が国籍条項の対象とならないという一般的解釈を基礎づけるものではない。

(三) 以上のとおりであるから、国籍条項の中には、自己の意思に基づかないで国籍を喪失した者も含まれると解するべきである。そして、恩給権の性質及び国籍条項が設けられた趣旨並びに国籍条項の合憲性について一般的に検討したところからすれば、国内法に規定する日本国籍の喪失の場合のみならず、国際法的原因による国籍の喪失の場合についても、国籍条項を適用することが憲法一四条、二九条、一三条の各規定に反するということはできない。

3  朝鮮半島出身者に国籍条項を適用することが憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否か(争点3)について

(一) 国籍条項が国籍喪失の事由を問わないことは既に検討したとおりである。

もっとも、国際法的原因による国籍喪失の場合には、国籍の変動に伴い、両国、両国民間の請求権、経済関係に関する調整も国際法上の関係を通じて解決されることが期待されているのであるから、法的保護に値する権利が発生した場合に、その権利を結果的に喪失させることの当否については、国籍喪失の原因となった国際関係及び当該権利の性質に照らして検討の余地があるものということができる。しかし、仮に両国、両国民間の請求権、経済関係に関する調整に不適当な点があったとしても、そのことにより、相手国の国内法上の権利が当然に肯定されるものではなく、恩給権についていえば、国籍条項が当然に違憲なものとなるものでもないのである。

(二) これを本件についてみれば、既に説示したとおり、平和条約により、朝鮮の独立が明確にされ、原告が日本国籍を喪失した後、我が国は、平和条約四条の趣旨に従い、右地域の施政を行っている当局との間の特別取極により右地域の住民の日本国に対する請求権の処理を行うこととし、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約及び財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定を締結し、両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題の完全かつ最終的な解決を図ったものであり、このことには十分に合理的理由があるのであって、右外交交渉による解決において、原告の得べかりし恩給権がそれに相応する保護を与えられなかったとしても、それは当該解決方法の当否の問題であり、また、両国の戦後における経済発展の過程において、原告と同様の傷病を得て増加恩給を受給している日本国民との間に著しい経済的格差が生じたとしても、そのことの故に、国籍条項が当然に違憲となったり、日本国籍を喪失した原告が、自動的に、恩給法の適用を受け、あるいは恩給権を保持し得る理由とはならないのである。

4  国籍条項を適用して、増加恩給請求を拒否することが憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否か(争点4)について

原告は、増加恩給が、軍務の提供に対し、軍人が戦傷した場合の填補義務という使用者責任類似の特殊な国家補償という性格を有するものであり、支給の際に日本国民であるか否かは支給の本質的条件ではないと主張する。

原告の右主張のうち、増加恩給が使用者責任類似の国家補償という性格を有するという意味は必ずしも明らかではないが、軍務における公務傷病による重度障害が公益のために特定の人が被った受忍限度を超える特別損害であり、増加恩給がその補償義務の履行としての性質を有するというのであれば、そもそも戦争損害に対する補償は憲法の予想しないところであり、また、恩給法による増加恩給が、戦争被害に対する補償を目的として定められたものではないことは既に説示したとおりである。また、軍人を戦闘状況においたことを国家による安全配慮義務違反と捉え、増加恩給が使用者責任という国家による損害賠償義務の履行のために定められたという意味であれば、増加恩給が国家による損害賠償義務を前提としていないことは既に説示したとおりであって、原告の主張はその前提を欠くというべきであり、いずれにしても原告の主張は、その前提を欠き、採用できないというべきである。

5  旧植民地出身者に国籍条項を適用して増加恩給支給を拒否することが条理に反するか否か(争点5)について

原告は、甲第六二号証の一、二、第六七号証、第一八ないし第二七号証、第三〇号証、第三五号証、第三八ないし第四〇号証及び第四二ないし第四四号証を提出し、歴史的経緯、国民の意識、国籍条項による内外格差が極めて大きいこと、国際社会において国家の責任において引き起こされた損害について、その国家が内外人を問わず補償を行うべきことは常識であること、国籍喪失にもかかわらず刑の執行義務は残ることとの均衡、恩給法において平和条約に根拠を有する「戦争犯罪法廷の裁判の受諾」及びこれに基づく受刑者については恩給権の喪失事由に当たらないとの解釈がなされていることとの均衡を挙げ、条理により国籍条項の適用が排除されるべきであると主張する。

たしかに、現在は過去の歴史の上に成り立っているものであり、その歴史に関する評価はさまざまであるとしても、現在の繁栄が幾多の人々の犠牲の上に存すること、そして、その犠牲を被った者が日々生活を送る生身の人間であること、恩給法の適用のある軍務に服した者としては、当然に同法による恩給給付を期待して職務に当たったであろうこと、特に、増加恩給は公務の遂行において自己の心身という重要な法益に重篤な障害を生じた元公務員の稼働能力の減耗を補うものであることに思いを致せば、日本人として従軍しながら戦後の国際関係の狭間で日本国民としての国籍を喪失し、同様の立場にあった日本人とは異なる取扱いを受け、経済的にも著しい格差が生じていることは、平等、公平の観念に照らして疑義なしとしないところである。しかし、原告が条理として主張する根本の事態は、原告の日本国籍の取得及び国籍喪失にあるのであって、原告はこの点を本件に於ける争点としないが、別紙に記載された原告の主張からも明らかなとおり、原告が日本国籍を取得する原因となった韓国併合ニ関スル条約の法的評価及び平和条約により分離、独立することとなった地域の住民の日本国籍の喪失についても、さまざまな見解が想定され、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約では、一九一〇年八月二二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定がもはや無効であることが確認されていることを考えると、何らかの補償、救済の措置を是とする国民の意識があるとしても、その補償ないし救済には、広義の戦争賠償あるいは戦後補償の側面も無視し得ないのであって、既に説示したような性格を有する恩給法を国籍条項の例外を設けて右地域の住民に適用することは、その可否、当否を含めて、外交、内政、財政の諸事情を考慮して立法的に解決されるべき問題というべきであって、原告の指摘する事情があるからといって、そのことから、直ちに原告に対する国籍条項の適用が条理に反することとなり、恩給法の適用が肯定されるものではないのである。なお、戦争犯罪人の刑の執行に対する日本国の執行義務や平和条約に基づく戦争犯罪に係る受刑者の扱いと国籍条項による恩給権の消滅とは、次元の異なる問題というほかなく、さらに、国際社会において、国家の責任において引き起こされた損害について、その国家が内外国人を問わずに補償を行うことが望ましいとしても、本件では、損害賠償の当否ではなく、実定法に規定された恩給権の成否が問題にされているのであって、両者を混同すべきものでもない。

6  国籍条項がB規約二六条に違反するか否か(争点6)について

(一) B規約二六条の解釈

日本は、昭和五四年八月四日、B規約に署名し、B規約は、同年九月二一日発効したが、その二六条は、「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定する。

同条は、法律により、差別を禁止し、平等な保護を保障すべきものとし、かつ、かかる法律の平等な適用及び執行を定めるものであるが、ここにおける差別の禁止がいかなる区別も許さないとすれば、かえって人権の保護を全うすることができない場合が生じ得ることは言をまたないところであり、このことからすれば、同条は、合理的な理由のある区別は許していると解すべきである(最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁参照)。そして、国家による個人の取扱いの区別を設ける法律が同条に照らし差別的でないというためには、<1>区別を設ける目的が正当であり、<2>区別の基準が客観的であり、<3>区別が当該目的達成の手段として合理性を有することが必要であるというべきである。

(二) これを本件について見るに、国籍条項は、国家が公的な生活の保障ないし援助の対象を自国民に限定したものであり、右保障ないし援助に関する施策が本来当該国家の責任に属する事項であること、恩給権の原資は大半が国費によって賄われていることに照らせば、右国家の施策の実現のために国籍による区別を設けることには正当な理由があり、その手段として国籍による区別によることも合理性を有するということができ、また、区別の基準は日本国籍の有無という事実によるものであって客観的であるから、国籍条項はB規約二六条の規定に違反するものではないというべきである。

なお、原告は、国籍条項では、自らの意思に基づかずに国籍を失った者が該当するか否かが明白でないから、区別の基準が客観的でなく、また被告は国籍条項の合理性について主張しないと主張するが、既に説示のとおり、国籍条項の文言によれば、自己の意思に基づかずに国籍を失った者も該当すると認めることができ、解釈の余地があることと区別の基準が客観的でないということは異なるのであって、この点に関する原告の主張は採用することができない。また、国籍条項が恩給法の目的に照らして合理性を有すると認められることは既に説示したとおりであって、この点に関する原告の主張も理由がない。

また、原告は、正当な法目的の達成のために区別の手段が比例することの必要性を説く。たしかに、国籍条項の適用の結果として、日本国籍の喪失は恩給権の全面的な喪失という結果を生ずるものであり、特に増加恩給については、心身の被害に対する補償の機能をも有することからすると、右被害による損失に応じた補償をも奪うことになる。しかし、恩給権の性質に照らせば、国籍法による日本国籍の喪失については、国籍選択又は国籍離脱の場合に限らず、その原因において意思的行為が介在する点において、右事態も法の目的に照らして過大な結果とまではいえず、また、国際法的原因による国籍の喪失については、既に検討したとおり、国際関係として外交関係における調整に委ねられるべきものといえる上、原告の事例について何らかの補償の必要が認められるとしても、その方法は国籍条項の一部の適用排除又は別途の代償措置に限られるものではなく、このような方法の採否を含めて、戦後補償あるいは戦後賠償という枠組みの中で検討されるべき問題であるから、恩給法に規定された国籍条項をもって法の目的を達成する手段としての合理性に欠けるものということもできないのである。

なお、原告は、いったん社会補償立法が制定されれば、B規約二六条の規定に従って立法の平等性が求められると主張するが、恩給権が公務による稼働能力減耗に対する実体法上の損失補償請求権又は損害賠償請求権を具体化したものではなく、恩給法が外国人をも含めた社会保障立法でないことは既に検討したところから明らかであり、国籍条項も、恩給権の性質に基づき、立法の当初から、国家による生活の保障ないし援助の対象を自国民に限定したものであり、日本国籍を有するとして恩給権を認められた者について人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等により差別をするものではない上、平和条約によって分離、独立した地域の住民が恩給法に基づく請求権を有するとするなら、これも平和条約によって当該地域の施政当局との協議に委ねられたこと、我が国と大韓民国との間において既に説示した解決が図られたことを考慮すれば、その後のB規約の発効によって国籍条項が違法となるものと解することはできないのである。

(三) ゲイエ対フランス事件に関する規約人権委員会の意見について

原告は、規約人権委員会の一般的意見及び意見において示すB規約の解釈は、締約国に対する法的強制力こそ有していないが、いずれも「条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意」(ウイーン条約三一条三項(a))に該当し、解釈に当たり考慮されるべきであり、ゲイエ対フランス事件において、規約人権委員会がB規約二六条の判断として、ゲイエら通報者に対し支給されていた年金が、ゲイエらによってなされた役務に対する対価であって、国籍を理由に別異の取扱いをすることはB規約二六条にいう「他の地位」に基づく差別に当たるとしたことが本件においても考慮されるべきであると主張する。

ところで、規約人権委員会は、B規約四〇条四項に規定されているとおり、B規約の締約国の規約の履行状況に関する報告を検討する機関であるが、証拠<証拠略>によれば、その一般的意見、各条文ごとの意見、各国別に述べられる意見及び個人の通報に対する意見の目的は、規約の実施促進、締約国の注意喚起、及び締約国や国際機関の活動の鼓舞にあり、各国にB規約の解釈、実施に当たって参考とされることが求められているにすぎないことが認められ、また、日本は選択議定書を批准しておらず、B規約四一条に基づく規約人権委員会の審議権限の受諾宣言もしていないから、選択議定書やB規約四一条に基づく規約人権委員会の意見は、日本に対する法的拘束力を有していないというべきである。したがってB規約の適用に当たって規約人権委員会の意見を前提としなければいけないとの原告主張は採用できないが、これを解釈の補足的手段として考慮することは可能と解される。

そこで、原告の右主張について検討するに、原告の主張によっても、ゲイエ対フランス事件において問題となっている年金は、軍務に対する報酬であり、セネガル独立後にもセネガル国籍を有する者に対して支払われていたというのであり、右事実関係に照らせば、右年金は、私的契約における労務に対する報酬と同様、一定の軍務に服した者に対してはフランスが年金の支払義務を負うと定められているものか、又はセネガルの独立において存続が前提とされた請求権と解される。ところで、問題となっている年金がいかなる性質のものかは、当該年金の発生根拠となる国内法が規定するものであり、本件で問題となっている増加恩給については、既に説示したとおり、公務傷病による公務員の稼働能力の減耗を退職後に補い、当該公務員の生活の保障ないし援助をするものであり、功労報償あるいは公務遂行への対価の性質を有しないものであって、権利の性質において、ゲイエ対フランス事件の事案と同列に論ずることはできないのである。その上、国籍条項は国家が法において創設された生活の保障ないし援助を行う対象を自国民に限定したものであって、平和条約によって分離、独立することとされた地域の住民を差別した立法ではない。そして、原告が増加恩給を受けることができない原因は、平和条約の発効による朝鮮の独立という国際関係にあり、原告の日本国に対する財産、権利及び利益については、当事国間において検討され、日本国籍を取得する原因となった韓国併合ニ関スル条約の法的評価を含めた外交交渉の中で解決が図られた経緯に照らせば、年金請求権を肯定しながら、ある時期から給付水準を差別したゲイエ対フランス事件の事案とは、国籍による取扱いの差異の原因、そこにおける差別の存否において全く異なるものというほかないのである。

この点、原告は、ゲイエ対フランス事件において、現実に年金を受給した事実の有無、年金受給権の発生と国籍を喪失した時期との先後、植民地独立以前に国籍による差別の規定が存在していたか否か等は、B規約二六条の違反の判断とは関係がなく、国籍条項により年金の全面的な受給権を剥奪する国籍条項の方が年金額における差別より著しい差別である旨の主張をする。しかし、現実に年金を受給した事実の有無、年金受給権自体が国籍帰属を前提としていたか否か、植民地独立以前に国籍による権利の区別が存在していたか否かはゲイエ対フランス事件の事案における年金と恩給権との権利の異同を考慮する上で看過できない要素であり、国籍を喪失した事由は一方当事国の国内法の適用の有無について重要な要素となるのである。そして、B規約二六条は、共通に適用されるべき規範を人種ないし出生その他の理由により差別的に適用することを禁止するのであるから、ゲイエ対フランス事件においては、原告の主張を前提としても、権利の性質において差異のない年金権の発生を認めながら、国籍の相違を理由として給付内容に差異を設けた点で、共通に適用されるべき規範を国籍により差別的に適用したものと評価することができるといえるが、既に縷説したとおり、国籍条項は恩給権の性質からその支給対象を限定したものであり、恩給権が認められる者について国籍による差異により取扱いを異にしたものではないのである。

7  原告に、法四六条三項に基づく増加恩給権が認められるか否か(争点7)について

法四六条三項の増加恩給は、退職後長期間を経た後の公務傷病の憎悪の場合は、公務員在職中又は退職後間もない時期における憎悪の場合に比べ、年月が経過すればするほど、裁定庁における「重度障害の状態となったとき又は重度障害の程度が増進したとき」及び「公務との因果関係」の認定が困難になることから、裁定庁とは別の恩給審査会の判断を取り入れた上、給与の始期についても法三条の例外を認め、恩給審査会において当該重度障害が公務に起因したことが顕著であるとの議決が行われた月の翌月としたものである。すなわち、法四六条三項及び改正附則二二条の二は、認定の困難さや事務渋滞といった請求者の責に帰さない事由により裁定庁の判断又は恩給審査会の議決が遅れた場合に、右遅滞の不利益を請求者に被らせることが相当でないことから、恩給給付の始期を遡らせることができるとしたにすぎず、改正附則二二条の二が、請求時には恩給権を有することを予定する法四六条三項の適用を前提としていることからしても、少なくとも請求時以降における恩給支給を定めたものであるというべきであって、同条項によって請求時より前の期間に対応する恩給給付をなすことは予定されておらず、そのような恩給給付はなし得ないというべきであり、請求時より前に恩給権の消滅事由が生じている場合には、改正附則二二条の二が適用される余地はないというべきである。

そして、原告が本件請求の時より前に日本国籍を喪失したことは当事者間に争いがなく、以上によれば、本件において、原告に法四六条に基づく増加恩給権を認めることはできない。また、本件請求については、改正附則二二条の二が適用されない以上、恩給審査会に付議する必要はなく、このような場合に恩給審査会に付議しなかったことをもって手続違反があるということはできない。

第六結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚 團藤丈士 水谷里枝子)

別紙

原告の主張<略>

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